スティーヴィー・ワンダー、ローリング・ストーンズのツアーやレコーディングのバック・シンガーとして活動していたところをモーリス・ホワイトにスカウトされ、EW&Fのカリンバ・プロダクションのバックアップのもと、76年『私はデニースThis Is Niecy』でソロ・デビュー。



'77年セカンド・アルバム『ソングバード』リリース。レイ・パーカーJr.やデヴィッド・フォスターなどたくさんの名プロデューサーの元で一躍トップ・シンガーの仲間入りを果たしました。



『ラヴ・コーリンWhen Love Comes Calling』('79)ではもともとソングライター志望だった彼女のソングライターとしての才能も開花。ジョニー・マティスとのデュエット「涙のデュエット」が全米ナンバーワンヒットを記録。



『マイ・メロディMy Melody』('81)ではフィラデルフィア・ソウルの大御所トム・ベルに共同プロデュースを依頼し、さらに音楽性の幅を広げました。



その後映画『フットルース』の挿入歌となった「レッツ・ヒアBOY」((84)が全米ナンバーワンヒットを記録し、世界中での人気を確立しました。