1982年生まれ、オーストラリア出身の26歳。マーク・ロンソンの秘蔵っ子としてAllido Records/J Recordsからデビューする新人シンガーソングライター。
ダニエル・ポール・メリウェザーはメルボルンの田舎町で教師の両親のもと、決して裕福とはいえない控えめなライフスタイルを送る家庭で育った。4歳の時にバイオリンを習い始めるが楽譜を読むことが苦手で、13歳まで耳の記憶力だけで全ての楽曲を演奏し、遂にはヴィヴァルディのコンチェルトまで弾いていたという。とにかく歌うことが好きで、シャワーを浴びながらエルビス・プレスリーを歌うことから90年代のR&B・ヒップホップに夢中になるまで、あらゆる意味で歌声は彼の楽器となっていった。哲学に興味を持ち、物思いにふけることが多かったという内向的な子供時代の反発から、トラブルの多い青年期を過ごすことになる。「何かと戦っていた・・・」と自ら思い出すように、思春期特有の不安定な感情からしばしば暴行事件をも起こし、さらには高校を中退してしまう。「おれは馬鹿じゃないから、たぶん選択肢を増やそうと思えば増やせたはず。でも生きていくために働かなくてはいけなかった。数か月KFCで働いたけど向いていないと思った・・・だから音楽にかけてみようって思ったんだ」そしてダニエルは1ドルを稼ぐためにメルボルンのストリートへと出ていく。ストリート・ミュージシャンから地元のクラブでもパフォーマンスができるまでになると、いち早くオーストラリアのインディー・レーベルMarinと契約を交わし、デビュー・アルバムの制作に着手した。しかし、当時チャートを独占していた地元のロック・ミュージックと並行して彼の音楽が共存できる可能性を見い出せる人間は少なかった。なかなかアルバムを出せず不遇の日々を過ごしていたダニエルの運命は、彼のデモテープがNYにいるマーク・ロンソンの手に渡ったことで大きく変わる。今でこそエイミー・ワインハウスからクリスティーナ・アギレラまで、幅広いジャンルのヒット曲を世に送り出した新鋭プロデューサーとしてその名を馳せているマーク・ロンソンだが、当時はセレブDJとしての活躍が有名であった。以前から音楽制作に興味を持っていたマークは、そのデモテープの歌声に惚れ込み早速ダニエルをNYに呼び寄せる。数年間オーストラリアとNYを往復する準備期間を経て、マークは遂にダニエルをデビューさせるべくJ Recordsと共同で設立された自主レーベル=Allido Recordsを立ち上げる。
その後NYに拠点を移したダニエルは、マーク・ロンソンの右腕として世界中のパーティー・イベントやアワードに参加し常にメディアを刺激する存在となっていったが、2006年にリリースされたマークのアルバム『Version』からのリード・シングル「Stop Me」で感動的な歌声を披露したことで一躍シーンの大注目を集めることとなった。USではすでにカニエ・ウェストやジャスティン・ティンバーレイクなどトップ・アーティストのオープニング・アクトを努め、UKではデビュー前にもかかわらずファースト・シングル「Change feat.Wale」がラジオ・チャートでいきなりの3位を記録、シングル・チャートでもトップ10にランクインを果たした。この状況を受け2009年5月に緊急UKデビューが決定、そして6月に日本でもデビューすることが決定した。約1年半をかけて完成させたデビュー・アルバム『Love & War』は全曲マーク・ロンソン・プロデュースの新時代ソウルフル・ポップ。ソングライティングはダニエルが担当し、アルバムにはレーベルメイトのラッパー、ワーレーやグラミー新人賞受賞ソウルシンガー、アデルらがゲスト参加している。