日本が生んだボサノヴァ・マエストロ。'77~'79年、「広いところへ行きたい」という漠然たる憧れからブラジル及び南米諸国に遊学。現地の酒場で知り合った友人達からボサノヴァ・ギターを学ぶ。同時にポルトガル語によるオリジナル曲の作詞作曲も始める。帰国後、音楽活動を開始。90年よりこれまでにブラジル録音2枚を含む多くの自己のアルバムをリリースした他、レコーディング参加も多数。

ヴェルヴェット・ヴォイスと評される抑制の効いたヴォーカルと本格的なアコースティック・ギターの演奏は国内ばかりでなく、ブラジルをはじめ海外のアーティストからも高く評価され、リシャール・ガリアーノ(acc)、ミウシャ(vo)、ワンダ・サー(vo)、リチャード・ボナ(b)など一流ミュージシャンとも数多く共演している。

朋友ピエール・バルーが「出会い」という歌の中で「中村はジョアン・ジルベルトを彷彿させた…」と歌って以来、「日本のジョアン・ジルベルト」と呼ばれることも。近年はプロデュース・ワークや他ジャンルとのコラボレートも多い。自らのアルバム等で披露している文章の、端正で知的な筆致にも定評がある。4月21日、初めての全編ギター弾き語りによるソロ・アルバム『レンブランサ,エスペランサ(思い出、そして希望)』をリリース、巨匠の風格を見せつけている。