マイケル・ジョーンズ
1978年オーストラリア パース生まれ。
10代の頃はスポーツに熱中し、98年、テニスの奨学金を得たことをきっかけにオーストラリアから渡米。身長6フィート3インチ(190cm)の彼はラグビーなどもこなす熱心なスポーツマンで、歌手の道に進む以前は、スポーツで生活をしようと考えていた。
渡米後、次第に歌手を志すようになり、各地の会場でパフォーマンスしながら音楽活動を積み重ねていたところ2007年大手レーベル、コロンビアレコードと契約、アルバム制作も実現し彼の夢は叶ったかに見えたが、リリースされることなく契約解除。同2007年28歳の時、応募できる最後の歳ということで背水の陣の決意をし、全米最高視聴率オーディション番組「アメリカン・アイドル(シーズン7)」に最初で最後の挑戦をする。

オーティス・レディングの”I've Been Loving You Too Long”を歌い終わった後、審査員の1人、サイモン・コーウェルから「彼は白人のソウルシンガーだ」と絶賛され、満場一致の票を獲得して次のステップへ進出。ハリウッド予選では、クイーンの”Bohemian Rhapsody”を歌い、審査員全員から賞賛を受けた。その後順調に勝ち進むものの、2008年4月、セミ・ファイナル(歌唱曲:エアロスミス“Dream On”)で惜しくも敗退。多くの番組ファンや評論家にも驚くべき結果であったが、アメリカ人以外で初のTOP8入りという結果を残した。ポーラ・アブドゥルが、「お願いだから、音楽を続けて!諦めないで!」と番組中に訴える熱い場面は、今も記憶に新しい。

アメリカン・アイドル以降、デミ・ムーア、ドリー・パートン、ニコール・キッドマンなどのスターの支持を受け多数の番組にも出演。中でも彼の才能を高く評価するアメリカポップス界の大御所デヴィッド・フォスターは2008年5月23日にラスベガスで行われた自身のコンサートに招待、共演し、「アメリカン・アイドルは、脱落者がなぜか売れるのはご存知だと思うが、彼こそが、次なるスターだ! A Star Is Born!!」と大絶賛。
“American Idols LIVE! Tour 2008”のファイナリストの一人として、2008年7月1日~9月13日までの間、50都市以上を回り知名度を確固なものとし、またホワイトハウスの晩餐会、大きなスポーツイベントでの国家斉唱などにも数多くの招待を受ける。

2009年1月、スノーボードのオリンピック金メダリストとして知られるショーン・ホワイトのドキュメンタリーフィルム”Don’t Look Down”のサウンド・トラックを手がける。そして、6月、全米デビュー!
10月~11月には、デヴィッド・フォスターのイベントで北米をツアー!!
2010年、ついに日本でもデビューを果たす。