ケリー・クラークソン
テキサス出身。現在29歳(1982年4月24日生)。
2002年、今や完全にその地位を揺ぎ無いものにしたオ ーディション番組『アメリカン・アイドル』で初代グランプ リを獲得。デビュー・シングル「ア・モーメント・ライク・ディ ス」が全米シングル・チャートにおいて初登場52位から 1位にジャンプアップという当時の歴史を塗り替える記 録を打ち立てると共に、「同年最も売れたシングル」とし て認定。翌03年にリリースされたデビュー・アルバム 『サンクフルも全米チャート初登場1位を獲得。翌年に は、クリスティーナ・アギレラが作曲へ参加したシングル 「ミス・インディペンデント」でグラミー賞「最優秀女性ポ ップ・ヴォーカル・パフォーマンス」部門にもノミネート。 03年7月には初来日。日本でも10万枚を超えるヒットを 記録するなど、世界中で華々しいデビューを飾った。
04年8月、アヴリル・ラヴィーンが作曲に参加したシン グル「ブレイクアウェイ」を発表。約2ヶ月間をかけて全 米トップ10入りを果たし、さらに約2ヶ月に渡ってトップ10圏内に留まるロング・ヒットを記録。続く「シンス・ユー・ビーン・ゴーン」もヒットし、04年12月にセカンド・アルバム『ブレイクアウェイ』を発売。全米チャートにおいて3位に初登場後、トップ20に61週、トップ30に74週連続チャート・インという驚異のロング・ヒットと、「1年以上トップ20にチャート・イン」という史上4作目の快挙を達成。同作品からカットされた全5枚中4枚がトップ10ヒットとなり、アメリカでは「05年最も売れた女性・ポップ・ヴォーカル・アルバム」を獲得し、イギリスでは同年の年間セールス・チャートでトップ10入りを果たすなど、トータル・セールスは1000万枚を突破。全世界で前作を上回るヒットを打ちたて、翌06年グラミー賞では「最優秀女性ポップ・ヴォーカル・パフォーマンス」「最優秀女性ポップ・ヴォーカル・アルバム」2部門を獲得。
07年に5月にはシングル「ネヴァー・アゲイン」がUS・UK共にトップ10ヒットを記録。6月にUS始め各国でリリースされた3rdアルバム『マイ・ディセンバー』は、非常にパーソナルな作品ながら、全米チャートにおいて初登場2位を獲得し、全世界で200万枚を超えるセールスを記録。
08年に入ると、自らもソングライティングを手がけながら再び世界的なヒットメイカー達ともタッグを組み、アヴリル・ラヴィーン「ガールフレンド」等で知られるDr.ルーク、バックストリート・ボーイズ「アイ・ウォント・イット・ザット・ウェイ」等のマックス・マーティン、レオナ・ルイス「ブリーディング・ラヴ」を手がけたライアン・テダーという多くの世界的大ヒットを誇るプロデューサー陣や、ケイティ・ペリー、マイ・ケミカル・ロマンスやフーバスタンクなどを手がけ、グラミー賞ノミネート歴も誇るハワード・ベンソンらと通算4枚目のオリジナル・アルバム『オール・アイ・エヴァー・ウォンテッド』を制作。09年1月中旬に1stシングル「ウィズアウト・ユー」が解禁され、「Billboard Hot 100」において、前年12月にブリトニー・スピアーズが「ウーマナイザー」で打ちたてた驚異的な記録を破る全米史上最高となる97位からのジャンプアップで1位を獲得。同チャートでは2週連続1位を記録し、3/21付まで7週連続トップ10にランクイン。また、全米に続き全英シングル・チャート(3/2付)や日本の「レコチョク洋楽・フル」週間ランキング(2/11付)でも1位を獲得するなど世界中で大ヒット。3/10には全米・全英を始め世界各国でアルバムがリリースされ、3/28付「Billboard Hot 200」でも初登場1位を獲得。キャリア史上2作目の同チャート初登場1位、2度目のシングル・アルバムW1位を達成。
2011年10月、通算5作目のオリジナル・アルバム『ストロンガー』をリリースする。