トム・マクレー
「ぼくにとって歌とは、他のアートの形では成し得ない方法で成功しなくてはならないものだ。つまり、なぜその楽曲を聴いて笑ったり叫んだり踊ったりするのかわからないし、誰もその理由も方法も知らないけれどとにかく人を釘付けにした、っていう瞬間を命中させなくちゃならないんだよ。それが音楽の肝心なところだと思っている」



 2000年にリリースされたトム・マクレーのセルフ・タイトル・デビュー作は、まれに見る並外れた新しい才能の到着を告げるものだった。そしてその後のマーキュリー・ミュージック・アワードやブリット・アワード、Qアワードでのノミネーションは、リリース以前にすでにマクレーに目を止め、メルトダウン・フェスティヴァルに参加するよう依頼したスコット・ウォーカーのヴィジョンや洞察の深さを実証している。もちろんデビュー・アルバムは、ジ・オブザーバー、サンデー・テレグラフ、サンデー・タイムス、インディペンデント、タイム・アウト、Qなどのその年の最終トップ10リストにその姿を現した。

 そして今回、新作「ジャスト・ライク・ブラッド」は、それから2年半という年月を経てリリースされる(2003年2月3日発売予定)。急かせられもせず遅れもしなかったのは、気短でなかったマクレー本人と彼の持つ素晴らしい才能を過大宣伝しないdbレコードの功績といえよう。

「もちろん、2年半という年月は次のリリースまでには長い時間だと、ぼくも思う」

 マクレーは認める。

「でも最初のアルバムは、徐々に売れ始めるまで少し時間がかかったし、それにそれからぼくはヨーロッパやアメリカ中でプレイして、この2年間で最もすばらしい時を過ごしていたんだ」

 マクレーはこのツアーの経験から、非常に豊富な資源を得た。ロンドン(地球で最も偉大な街)がファースト・アルバムの制作にインスピレーションを与えたように、「アメリカの小さな工業町やLAの狂った場所」は、今回の新曲の重要なスターティング・ポイントとなっている。

「ツアーは退屈だと思っているバンドの考え方はばかげてるよ」

 マクレーはそう語る。

「そうじゃなく、本当は素晴らしいものだ。けれど本人がそう思えるようにしていかなくてはならない。それがチャレンジというものなんだから」

 そんな新作「ジャスト・ライク・ブラッド」は、待った甲斐のある作品となった。サウンドやスコープ、そしてスタイルといった見地において、絶賛された前作よりも大きく勇敢で、おそらく更にダークでさえある。ここにはマクレー本人のめざましい成長が伺え、まさに他に類を見ない出来映えとなり、そして今この時代がぎっしりと詰まっている。

「新作のテーマも、混乱や不満、逃亡への願望だよ」

 彼は説明を始める。

「けれど逃亡への願望という点においては、今回は実際に逃亡したところからスタートしている。つまりすでにどこか別の場所にいながら、こんなはずじゃない、って考えているんだ。絶えず異なった土地に立ちながら、いつだって手の届かないものを追いかけているように、ね。こうして進み続けなくてはならないことに対して、確信があるのと同時に不安にもなっているんだよ」

 こう言って、彼は笑った。

「シンガーソングライターのたわ言さ、わかるだろ。陰気くささと破滅と憂鬱だ!マーキュリーのノミネーションがぼくのプロフィールを、ミラー紙に名前が載る程度まで引き上げたなんて笑っちゃうね。彼らが言うには、ぼくはまるで、“最悪の学生パーティで耳にするだろうレコード”だそうだけど、これはぼくのお気に入りの引用のひとつだな!」

 だが時折、陰鬱な歌は最も元気付けてくれる活性剤でもある。

「その通りさ!」

 彼はこの意見に賛成だ。

「ホメオパシーってヤツだよ。これはとても重要だとぼくは思うんだ」

 

 この新作のプロデューサーは、ブラーやエルボーで知られるBen Hillerが担当した。

「ニュー・アルバムは前作でやり遂げたものとは本質的にまったく違う。ぼくは自分の居心地の良い場所から離れたところでぼくを突いてくれるような人が欲しかったけど、ベンこそまさにそんなプロデューサーだったよ。彼はホントに素晴らしい方法で楽曲制作をするんだ。まずはベーシックなアイデアでスタートして、それからぐちゃぐちゃに混乱させ、そしてどんな風になって行くのか見定める、といったようにね」

 その行程を経て、「ジャスト・ライク・ブラッド」は、ワイルドで繊細で折衷的で、独創的で、忘れがたく喚情的な作品となった。

「ぼくにとっては、自分の考えでいろいろと変更できることが、ソロの良いところだ。あるときはギターで、またあるときはドラムやサンプルなどを使いながら自由にできるし、スクリームするパートを欲しがるギタリストや延々とロックしつづけたいドラマーなんかに縛られなくて済むからね。つまりぼくはデヴィッド・ボウイのやり方は好きだけど、ぼくは彼とは違うし、異なる形でやっている。けれども誰も彼がしようとしていることなんてわからないし、ぼくはそんな予言できないことを好んでいるんだよ」



 静かな話し口の控えめで魅力に溢れたこの28歳のマクレーは、ウィットに富み、知覚が鋭くインテリジェントで、しかも断固とした意思を持つ人物だ。

「誰かがもしも5つの単語で自分を要約せよ、と言ったら、」

 彼はニヤリとする。

「ぼくはこう言うな。アングリー(怒り)、アングリー、アングリー、アングリー、そしてタイヤード(疲労)、ってね。最近自分が益々そうなってきたと感じるよ。こんな風に怒りに溢れた若い男は、そのうち苦みばしった老人になるだろうって思うだろ?ぼくは将来怒れる老人になれるための道のりを歩んでいるんだ。怒りを失うってことは、まるで注意を払わなくなるってことだからね」

 トム・マクレーは特筆すべき人物であり、「ジャスト・ライク・ブラッド」は驚くべきアルバムだ。それは希望で始まり、疑問で閉じる。そしてその間には、美と力と、ディープでダークな疑念と、ミステリーと、苦痛と希望がある。そんな新作のタイトルは、サイモン・アーミティジの詩から引用されている。



Come clean, come good, repeat with me the punchline

just like blood’ when those at the back rush forward to say how a little love goes a long long long way.



“真実を語ろう 良い人になろう ぼくと共にオチを繰り返そう 「まるで血のように」と。「小さな愛が長い長い長い道のりを行く」と 後ろの者たちが急いで言うときに”