キャサリン・マクフィー
LA出身の22歳。母はヴォイス・コーチ、父はテレビプロデューサーという芸能一家に生まれる。

2歳から歌っていたというキャサリンだが、自らの自然なヴォーカル・スタイルを見つけ出したいという思いから、学校では敢えてヴォイス・クラスは受けずにダンス・クラスを専攻していた。

14歳にして初めてNYで見たミュージカル『シカゴ』『レ・ミゼラブル』に感銘を受け、自分もミュージカル・シアターでのパフォーマーになりたいと思うようになる。

2002年にハイスクールを卒業するとボストン音楽学校へと進学、ミュージカル・シアターを専攻する。大学2年であるマネージメントと契約することとなり、そのマネージメントの勧めでいくつかのミュージカルのオーディションを受けるが、後に『People』誌でも“200のオーディションを受けて195のオーディションに落ちたわ”と語ったように、なかなか思うような役を取れなかった。最終的に『アニーよ、銃を取れ』に出演が決まり、その後『The Ghost and Mrs. Muir』での主演も射止めたが、2005年の夏、ラス・ヴェガスで行われていた80年ヒット曲を中心に構成されたミュージカルのワークショップに参加。そこで一緒になった友人たちに“アメリカン・アイドルにチャレンジしたら?”と薦められたのがきっかけで、サン・フランシスコで行われた番組のオーディションに友達と一緒に訪れる。

1次審査の2分前まで、全く何を歌うか決められずにいたキャサリンが、プロデューサーを目の前にして咄嗟に歌った歌がホイットニー・ヒューストンの「ラン・トゥ・ユー」。緊張のあまり歌詞を間違えたというキャサリンだったが、1次審査を通過し、2時審査でも同様に「ラン・トゥ・ユー」を歌う。“落ちたと思ったわ”と語るキャサリンだが、見事ハリウッド行きを手にし、『アメリカン・アイドル シーズン5』本選に登場。ベスト24に残り、そしてベスト12に、、と順当に勝ち残り、最終的に個性派の魅力でアメリカ視聴者を魅了したテイラー・ヒックスに優勝は譲るも、堂々の準優勝を手にする。

そして2006年6月、RCA Records/19 Recordings Limited(『アメリカン・アイドル』のコメンテーター=サイモン・カウェルのレーベル)と契約。2007年2月にアメリカでは待望のデビューアルバムを発表。ベイビーフェイスを初めとする超強力プロデューサー陣を布陣して制作されたファースト・アルバム『Katharine McPhee』は、ビルボードのアルバム・チャート初登場2位となった。

また正統派の美貌と、スーパーモデル並みのスタイルも大きな話題となり、『Lucky』誌『SELF』誌など、現在全米の雑誌の表紙を多く飾り、人気テレビ番組にも頻繁に登場している。