ジャクソン家の三男で、「ジャクソン5」では弟のマイケルと共にリードボーカルを担当。1975年にジャクソン5から離脱し、一時マイケルほか家族との不仲も囁かれたが、和解している。モータウン時代の1980年には、S・ワンダーをプロデュースに迎えた「レッツ・ゲット・シリアス」で、初のR&BチャートNo.1を獲得。その後、1984年にアリスタに移籍し、G・フィリンゲインズらマイケル作品でも馴染みの面々を動員したアルバム『ダイナマイト』を発表。マイケルとの和解デュエットともいえる「もしかして恋」(Tell Me I’m Not Dreaming)他、ホイットニーのデビュー予告ともいえる「やさしくマイ・ハート」(Take Good Care Of My Heart)を収録。さらに2年後には、クリストファー・クロスの大ヒットなどで知られるプロデューサー、マイケル・オマーティアンとコラボレートしたAOR色の濃い作品『プレシャス・モーメンツ』を発表。再びホイットニー・ヒューストンをゲストに迎えた珠玉のデュエット・ナンバー「恋するまなざし」は、今では結婚式の定番ナンバーとして親しまれている。シンガーに徹した『ドント・テイク・イット・パーソナル』(1989年)からサーフィス(Surface)の手によるタイトル曲が2度目のR&BチャートNo.1に輝いた。90年代に入り、LaFaceに移籍し、デビュー前のTLCも参加した『ユー・セッド』(1991年)を発表。「アイ・ドリーム、アイ・ドリーム」など、プロデュース・チーム、LA&ベイビーフェイスの好調さをうかがわせるキャッチーなアップテンポのダンス・ナンバーが連なっている。1991年以来、アルバムは発表していないが、先日のMJ追悼コンサートで亡き弟・マイケルのために彼が一番好きな歌だったといわれる「Smile」を歌ったことは、記憶に新しいところ。