UKミュージック・シーンの聖地、マンチェスター伝説のクラブ“ハシエンダ”の落とし子として生まれながら、海を隔てたNYクラブ・シーンの聖地“TWILO”を征服。



イギリス人DJでありながら、アメリカのハウス/クラブ・シーンの発展に大きな貢献を果たした“フロンティア精神”の持ち主は、



同時に“DJとクラバーたちのためにスタジアムでのロック・コンサートを崩壊させること“を理由に、全米初のスタジアム・DJツアーを決行するという、とんでもないパンク精神の持ち主でもある。



本名Alexander Coe,イギリス、ノースウェールズの出身。モータウンミュージックに影響を受けてきたが、アシッドハウス全盛の頃88年にマンチェスターに移住。ストーン・ローゼスやファットボーイスリムも通ったという伝説のクラブ「ハシエンダ」と出会いDJというスタイルに目覚める。その後も精力的にDJ活動を続け、

91年にはDJとしては初めてイギリスで最も権威のあるダンス・ミュージック専門誌、MIXMAGの表紙を飾る。“史上初のピンナップ DJ”というキャッチ・コピーは当時シーンでも大きな話題を呼び、SASHAを一躍スターの座へとのし上げることとなった。ちなみに3年後にも同誌はSASHAを再び表紙に掲げ、今度は“神童SASHA”の異名を与えた。



94年には盟友JOHN DIGWEEDと共に「RENAISSANCE」MIX CDをリリース。その後も2人はMIXアルバムシリーズ「NOTHAN EXPLOSURE」をリリースし、ミックスCDというスタイルではじめて100万枚を超えるセールスを記録。

その後同名のツアーを世界各地で行い、評判を上げていったのだが、とりわけ特記しておくべきは彼らのアメリカにおける成功であろう。97年には今やハウス/クラブ・シーンの伝説として知られるNYトップクラスのクラブ “TWILO”のレジデンシ−DJとなり、NY在住の一流ハウスDJにも十分な影響を与えながら同クラブを世界中のクラブ・シーンの中心地として世に知らしめる立役者となった。そういった数多くの功績から、同クラブがクローズしてしまった現在でも彼らは全米クラブ・シーンのトップ・ランナーとして君臨している。



また、SASHAは“DJ”としてだけではなく、純粋にすばらしい音楽を作る“クリエイター”としての才能を持ち合わせた、貴重な才能でもある。 リミキサーとしてはマドンナ、ケミカルブラザーズ等、トップ・アーティストの楽曲を手がけ、プロデュース作品としては99年にリリースされいまだにクラブアンセムとなっている“Xpander”と昨年リリースされた元underworldのダレン・エマーソンとの共作で話題となった“scorchio”が知られている。



そして、2002年8月。 全世界のクラブ・シーンが待ちわびた、SASHAプロデュース名義としては初のアルバムとなる“Airdrawndagger”を発表。この作品でSASHAは、音楽的に他のDJとは全く別のレベルに到達していることを本作で証明してみせた。