LSK
 2000年9月に1stアルバム『LSK』でSONY UK (S2)よりデビューしたLSK(本名:Leigh Stephen Kenny / リー・スティーヴン・ケニー)。その新人離れした音楽的才能は日本でも絶賛され、1stシングルは全国FM局で約15局のヘヴィー・ローテーションを獲得。結果、年間1500回以上の驚異的なオンエアを得た。その後も昨年リリースされた妹リアナのデビュー作でのソングライティングなどで、抜群のセンスを誇るサウンドメイキングとメロディーセンスでその才能を存分にアピールしている。


 元々豊かでさまざまな音楽的背景を持っていたLSK。ロック、レゲエ、ヒップホップ、ソウル、ジャズなどをミクスチュアして傑作デビュー作を生みだしたLSKだが、最新作では驚異的な進化を遂げた。プログラミングと生楽器を今まで以上に絶妙に使い分け、タフで、ヘヴィーなサウンドを創り出す一方、フックが訪れるとLSKの才能が爆発するのが容易にわかる超絶キャッチーなメロディーもきちんと用意周到に配している。また、LSKの歌心溢れるヴォーカルはさらに表現力を増し、歌うだけだなく、レゲエやダンスホール、そしてヒップホップ的なヴォーカル・スタイルも自由自在に歌い分けている。サウンドメイキングのセンスのよさも相変わらず。2ndアルバム『outlaw』はタイトル通り、とんでもない怪作だ。


では、LSKというヤツは何者か? もう一度おさらいしておこう。




LSK:

5才から6才になろうとしていた1976年、俺はすでに音楽の虜になっていた。そう、お絵かきペンもミニ・カーも持っていたけど、母のレコードとデカいビヨンビヨンとしたコードの付いたヘッドホンを通して別世界に行けるということが決め手だった。当時母は膨大な数のレコードを持っていた。モータウン、古いソウルのコンピレーション、レゲエ等。彼女はまだ20代前半で、俺と姉を抱えたシングル・マザーだった。だから、これらのレコードは彼女にとって困難を乗り切る心の拠り所だったんだ。





 リー・スティーヴン・ケニーはケント州で生まれ、80年代をリーズで過ごした。その年月が彼の新作『Outlaw』の中のいくつもの楽曲を形成している。「Nightmares on Waxの最新作『Mind Elevation』に”70’s 80’s”を書いたんだけど、あれは多少なりとも僕が育った時代を総括している。ただし、俺の新作『Outlaw』に入っているバージョンはあれよりずっとダークだけどね」。初期サッチャー政権下、混血の母親の息子として育ったことで、彼は突き刺すような困難をいくつも経験する。しかし、同時に10代の若者らしく、DJをしたり、ブルース・パーティに行ったり、ラップをしたり、地元のレコード屋で時間を費やしたり、と音楽にのめりこむようになる。1997年には、Bedlam A Go Goというリーズのバンドのフロントマンとなり、『Estate Style Entertainment』というトリップ・ホップとサイケデリックな都会のシンフォニーとが渦巻く衝突を描いた一枚のアルバムを残している。残念ながらバンドは内部衝突で解散。しかし、既にリーの巧みな言葉使いと深みのあるソウルフルな声は、彼が稀な才能の持ち主であることと印象付けていた。


 バンドの他のメンバーが地味な活動に戻る中、リーはダンスホールからデ・ラ・ソウル、カルチャーからザ・クラッシュに至るまで、彼が受けてきたバラバラな影響の数々を全て集め、独自の音楽を追求する。セルフ・タイトルとなった『LSK』は2000年にリリースされ、高い評価を得た。この目の覚めるような作品は、歌詞の面においても音楽的にも成長し続けるリーの姿を見事に現している。「Roots」のような個人的な問題を追及した曲の他にも、「Cubanna Anna」のような頭の切れる冴えた作品や、「The Biggest Fool」のような暗い情熱を語った曲が、威勢がよく高揚感溢れるサウンド、つまりソウル、レゲエ、ヒップホップとロックを混ぜ合わせた世界に包まれていた。


 LSKは休みなくツアーしてきた。日本、オーストラリア、ヨーロッパでの公演のみならず、フランスのTransmusicalesや、The Montreux Jazz Festivalといった著名なフェスティヴァルにも出演を果たし、さらにはLaterでのJools Hollandとの共演とGlastonbury 2000への出演でその際立った才能を持ったシンガー/ソングライターとしての評判を確固たるものにした。しかしながら、リーのとどまるところを知らない好奇心と、業界の期待に応えることへの抵抗は、決まりきったツアーとプロモーション活動と相容れなかった。そして、2001年になると彼は地元に戻り、『Outlaw』となる作品の制作に取りかかるのである。


 「『Outlaw』こそピッタリなタイトルに思えたんだ。というのも、今音楽的に少しでも主流と違ったことをやっている人はみな、隅に押しやられ、つまはじきにされているからね。Rodney P.やMs. Dynamiteを除いたら、この国で何か新しくて、人々が共感できるものを生み出そうとしている人は誰もいないように思える。今出回っている歌詞のほとんどは、ブリンブリンで、ピッカピカのシャンパンみたいにくだらないものばかりさ。俺の生活とは全然関係なことを歌っている」。彼は『Outlaw』であのリーズのサウンド・システム・オペレーターでもあるMark Irationとコラボレイトして、昔ながらのレゲエやヒップホップ・スタイルの瑞々しい背景に、彼の鋭い刺激的な言葉を投げつけてくる作品まで作り出した。また、70年代末から80年代初期に2トーンから出てきたバンドたちへの追悼の意も含まれている。「そう、SpecialsやThe Beat、Madnessなんかを聴いて育った俺みたいな連中はわかってくれるはずさ。2トーンがやったようにヒップホップとレゲエをスカと混ぜたいと思っているけど、そこにパンク精神も加えたいんだ。本当はタイトルを『Two Thousand Two Tone』、つまり‘2002トーン’にしようと思ったんだけど、間に合わなかったんだよね」。


 『Outlaw』は懐かしいだけではない。リーの感性は、非常に現代的なアルバムを生み出している。人の心に染込むような、力強く歯切れのいい曲で溢れるこの作品が、今年の夏のサントラと化すことは間違いないだろう。