2002年2月14日、90歳の誕生日をむかえてからほぼ1ヵ月後にスイスの自宅で逝去したギュンター・ヴァントは、亡くなる3ヶ月前までドイツ音楽界の数少ない正統的継承者として充実した指揮活動を続け、ベートーヴェン、ブラームス、ブルックナーといういわゆる「三大B」の解釈では、他に並ぶ者のない至高の名演を聴かせてくれた。

 1912年1月7日、ドイツのエルバーフェルト(現ヴッパータール)生まれ。ケルン音楽大学で音楽と哲学を学び、その後さらにミュンヘンとケルンの音楽大学で作曲とピアノを学んだ。ドイツの地方の歌劇場から指揮者としてのキャリアをスタートさせ、1939年にはケルン歌劇場の指揮者となる。ケルンが連合軍の空襲で破壊されてからは、ザルツブルクのモーツァルテウム管弦楽団に移り、終戦をむかえた。戦後はケルン市の音楽総監督として、伝統あるギュルツェニヒ管弦楽団の指揮者をつとめながら、ケルン市立歌劇場の音楽監督とケルン音楽大学の指揮科でも教鞭を取った。ベルリン、ウィーン、ライプツィヒ、ロンドンなど、ヨーロッパ各地のオーケストラにも客演を重ねる一方、ドイツ人の指揮者としては戦後初めてロシアのオーケストラの指揮台にも立った。

 1982年にはハンブルクに本拠を置く北ドイツ放送交響楽団の音楽監督に就任し、このオーケストラにシュミット=イッセルシュテット以来の第2の黄金期をもたらした。1990年に音楽監督の地位を退いてからは、桂冠・終身名誉指揮者として毎年客演を続けているかたわら、ベルリン・フィル、ミュンヘン・フィルにも毎シーズン登場していた。

 BMGクラシックスには、北ドイツ放送交響楽団およびケルン放送交響楽団を指揮して、モーツァルトからブルックナーにいたるドイツ・オーストリアの主要作曲家の交響曲・管弦楽曲を幅広く録音しており、その多くが名盤として知られている。晩年はベルリン・フィルとの一連のブルックナー交響曲録音が「決定的名演」として絶賛を受けている。