ELEVATOR SUITE

Paul Roberts / ポール・ロバーツ : DJ, Vocal etc.

Andy Childs / アンディ・チャイルズ : DJ, Vocal etc.

Steve Grainger / スティーヴ・グレンジャー : All Instruments



アラン・ホークショーの「Beat Me ‘Til I’m Blue」と言えば、知る人ぞ知る最高にクールでファンキーなオルガン・サウンドだ。この曲は1968年から1970年の黄金時代にKPM のライブラリー音楽として作られたものだが、イギリスの付随音楽 (訳者注:劇や映画、TV などでの使用を目的に作曲、演奏される音楽) が「付随」の域を越え、当時もてはやされた躍動的な R&B ポップと混ざり合い、グルーヴィーでノリの良いサウンドの代表作となった。「イージーリスニング」がもはや耳に心地よいイージーなサウンドでなくなったのだ。



エレベーター・スィートの1stシングル「Man In A Towel」は、ホークショーの持ち味を生かしつつ、Blow-Up後の雰囲気に合わせて新たにイメージし直した曲である。ロンドンでは新しいクラブ世代に今までと違ったコンセプト ‘Good Groove’ が紹介され、ポロネックを着るファンキーな連中が、芸術家肌のスノッブなタイプと混ざり合い、堕落が洗練へと塗り替えられていた。そんな中エレベーター・スィートが「Beat Me ‘Til I’m Blue」をライトなポップ・チューンにアレンジしたところ、イージーリスニングに新たな息吹を吹き込む彼らの活動に着目した Radio1のDJ、Zoe Ball がこの曲を“Record Of The Week”として取り上げた。



エレベーター・スィートはDJのアンディー・チャイルズとポール・ロバーツ(ロボ)、マルチ・プレイヤーのスティーヴ・グレンジャーの3人組。アンディーとロボは古くから、イギリス南部のサリスベリーや近郊のクラブで友情を深めていた、いわゆる気の合う夜遊び仲間。2人はレコードと洋服を売る“Boom Tunes”という店を開く。販売していた20着のTシャツは、彼ら自身が着ていたものだった。当時を振り返ってアンディは、「ビジネスってもんじゃ無かったな、笑っちゃうよ。だってDJが店を構えてんだぜ」と首をすくませる。収入らしいものがあったとしても、その週末には全部使い果たしていたと言えば十分説明がつくだろう。結局6ヶ月後には店をたたむことになるが、2人はダンス・ミュージック・シーンではより実りある経験をしている。



彼らはチスウィックにあるGuru Joshの自宅兼スタジオに行き、前の晩にGarage Cityで飲んだくれた後、翌朝シャワーで目を覚ますという生活を続けながらレコーディング。3日後には「最悪で、しかも未完成のハウス・ミュージック」が4曲仕上がったという。元々彼らの曲はレイヴ系だったが、次第にアメリカの初期のハウスもの、ユーロ、プログレ、GuerillaやCowboy Labelもの、ロンドンのFull Circle的なものにはまっていったのだとか。彼らは“Kick It (Kit Katのロゴをもじったチラシを配布)”や“Besotted(ベネトンまがいのチラシを配布…そんなんばっか)”といったイベントを主催しつつ、その他1年に2回サウサンプトンへ下ってゆく“Funky Junky”という12時間の船上レイヴ・パーティーを開いた。そう、彼らのミュージック・ライフ(もとい、生活全て)はまさにバカ騒ぎに終始していた。



しかしパーティー漬けの日々はやがて終わりを告げる。アンディは“Funky Junky”名義でプリモス・ダンスコレクション用のレコードを製作し、その中の「Bulldozer」という曲がMixmag誌の“Buzz Chart”に入るなど話題となるが、彼の懐には一銭も入ってこなかった。落胆した彼はクラブ・シーンから姿を消し、デボンにあるトトゥネスに引きこもって、弟と一緒に写真現像とデザインのスタジオを開く。そして独学で学んだグラフィック・デザインの才を活かして色々なジャケット・デザインを手がけ始め、音楽的には原点でもあるジャズやイージーリスニングに再びシフトしていく。



スティーヴ・グレンジャーはその頃トトゥネスに自分のスタジオを持っていた。多くの楽器をマスターし作曲の学位も持つ彼は、本来現代クラシックの作曲家となるはずが、アンディとロボがイージーリスニング+ダンス、そしてロボ独特のイカした歌詞を組み合わせてレコードを作りたいと再び盛り上がっていた頃、丁度そこに居合わせたのだった。



1998年10月16日、曲のサンプリングを嫌う音楽純粋主義者のスティーヴが居たにもかかわらず3人の波長はぴったり一致し、1stシングル「Man In A Towel」を完成させた。ロンドンへ足をのばし、出版社やレコード会社から多くの注目を浴びたのをきっかけに、彼らの活動はいよいよ熱を増す。直ちにスクラッチがかったブルース?とでもいうユニークなトラック「Weekend Wonderboy」や、ジャズを取り入れた「Barefoot」をレコーディング、彼らは独自の方向性をはっきりと打ち出した。



この「成功への青写真」にはエレベーター・スィートの1stシングル、ビデオ、アートワーク、そしてもちろん映画音楽などが含まれていた。しかしそこにはロボが娘の為に書いた歌詞や、クィンシー・ジョーンズが手がけた映画「ミニミニ大作戦/The Italian Job」サントラから刺激を受けた「Zoe’s Song」に見られる卓越したソウルフルな雰囲気は含まれていなかった。



エレベーター・スィート: 彼らは映画でいう所の、ピアース・ブロスナン/レネ・ルッソ主演のリメイクよりはむしろ、スティーヴ・マックイーン/フェイ・ダナウェイ主演の「華麗なる賭け/The Thomas Crown Affair」に見られる本物志向である (「Crown Caper」や「Dirty Little Job」を聞けば分かる)。物悲しいマイク・フラワーズというよりは、ロンドンの折衷志向のバンドLemon Jellyに近い (待望の2ndシングル「Backaround」に見られる)。アーマンド・ヴァン・ヘルデンがザ・カーズを “Kootchy”にリプロデュースするならば、エレベーター・スィートは1999年半ばの「Are Friends Electric?」を手がける。彼らはくだらないハウス・ヴァージョンがはびこる以前に、『Get Carter』のゴーストをミックスしていたが、それはスライ・ストーンがマイケル・ケインの精神を彼の馬鹿げたカムバックの為に乗っ取ってしまう遙か以前の事だ。最近ロンドンのSocial Barのサタデー・ナイトにダンス・フロアを大いに盛り上げた売れっ子DJ達と同様に、エレベーター・スィートはデヴィッド・ホルムズの『Essential Selection』に流れる精神や、またそれを形に表した“If-Sixties-were-Nineties”といった都会的な盛り上がりに共通の音楽性を持っている。



エレベーター・スィートは他の誰よりも早くトレンドの最先端を行く。





Craig McClean − The Face

Spring/2000