ザ・コーラル

ザ・コーラルの過去はと言えば、語るに余りある実績で、2001年発売のEPデビュー以来、英国での累計アルバム・セールスは100万枚を突破、チャート1位に輝いた2003年アルバム『マジック&メディスン』(Magic and Medicine)を含め、アルバム5枚がトップ10以内を記録し、8枚のシングルがトップ40入りを果たしている。そんな過去の栄光は顧みることなく、音楽史の中でも定義や枠にとらわれない確固たるポジションに向かって、未来へ颯爽と突き進むのはジェイムズ・スケリー(James Skelly - vo/g)、イアン・スケリー(Ian Skelly - d/per/vo)、ニック・パワー(Ian Skelly - key/vo)、ポール・ダフィ(Paul Duffy - b/key/vo)とポール・モウリー(Paul Molloy - g)だ。ザ・コーラルの物語はもちろん終っていなかったのだが、大胆な5年間の沈黙を経て2016年に7枚目のアルバム『ディスタンス・インビトウィーン』(Distance Inbetween)をリリースすることは、確実に新たな章の幕開けである。2010年リリースの『バタフライ・ハウス』(Butterfly House)以降の話から始めるが、それはとにかくそれぞれの個性と創造力を育む時間となり、幻のアルバムだった『ザ・カース・オブ・ラヴ』(The Curse of Love)が途中2014年にリリースされるサプライズが彩を添えている。


彼らの絆をつなぎ、普遍にするものは音楽よりももっと強いもので、ザ・コーラルの10年以上止まることなく走り続けた活動を経た後に、個々を探究することを互いに励まし合った。ジェイムズ・スケリーは2013年に自ら書き上げた「ラヴ・アンダーカヴァー」(Love Undercover)をレコーディングし、レコード会社のスケルトン・キー(Skeleton Key)を立ち上げてブロッサムズ(Blossoms)やサンダウナーズ(Sundowners)、シー・ドルー・ザ・ガン(She Drew The Gun)などのバンドに曲を提供している。ニック・パワーは2013年出版の「スモール・タウン・チェイス」(Small Town Chase)で隠れていた文才を発揮し、イアン・スケリーは元ザ・ズートンズのポール・モウリーと意気投合してサーペント・パワー(Serpent Power)を結成、ポール・ダフィはサントラの作曲に勤しんだ。今回ザ・コーラルが再始動する中、結成当初からのメンバー、リー・サウゾールは個人的にもクリエイティヴ面でもグループとは別に歩み続けるわけだが、他での野望達成の折には戻る道を絶ったわけではない。


グループの活動休止と再開についてジェイムズ・スケリーは「バンドとして壁にぶち当たったという結論に至ったんだ。とにかく一度立ち止まって、一息おく必要があった。ツアーに出て、アルバムを作って、またツアーに出るという同じことを繰り返し、12年経って、もはやそれはメンバーにとって止めるのが怖くなる習慣のようになってしまっていた。今振り返ると、つまりバンドとしてしっかり充電できた結果論だけれど、あれは最高の決断だったと言えるね。」

そして今、ザ・コーラルが本格的なアルバムを制作するという噂は紛れもない現実になった。ライブ録音、しかもほとんどが一発録りの12曲は意図的に粗削りな仕上がりになっており、バッチリ充電済みのバンドはステージで身体の赴くままのパフォーマンスをきっと見せてくれるだろう。『ディスタンス・インビトウィーン』(Distance Inbetween)に収録される複数の曲はジェイムズ・スケリーとニック・パワーの間で交わされたメッセージやメールの中で発展し、デジタルとアナログの世界をまたいで創作された。自然で無理のない発展は現代の通信手段の性質上であり、共有する芸術への意欲であり、発掘されたカセット・テープのノイズへの愛情であり、それらが均等に影響した成果でもある。『ザ・カース・オブ・ラヴ』(The Curse of Love)の編集経験を新しいものを作るきっかけにして、今のザ・コーラルはリズム・セクションを影の存在から主役へと引き立て、編成よりも工夫や言葉に重きを置いて実に音楽的なミニマリズムを体現している。


ジェイムズ・スケリーが本作の起源について話してくれたのは「アルバム制作に入る前はもっとすっきりとリズミカルに、コードも少なくしたいねって相談をしてたんだ。そもそもギターは僕しかいないってところから、ウィークポイントにもなり得ることを逆手にとって強みにする方法を論理的に探していた。それで、20年近く一緒に演ってるリズム・セクションがあるんだから、それを曲の中心に持って来たらどうだろう?って考えた。」


現実への疑問が歌詞のテーマとなっており、バンドの作り上げる雰囲気はデヴィッド・リンチ(David Lynch)の影響にホークウインド(Hawkwind)やパブリック・エナミー(Public Enemy)が並んでも不思議と違和感がない。リチャード・イエーツ(Richard Yates)の本やアラン・ムーア(Alan Moore)のコミック、80年代のおもちゃ、クラウトロック(krautrock)のコンピレーションやマディ・ウォーターズ(Muddy Waters)の『エレクトリック・マッド』(Electric Mud)のサウンド、そしてグレゴリー・クリュードソン(Gregory Crewdson)の写真が醸し出す暗い美学を見つめて没頭する長い時間がひしめくザ・コーラルの世界へといざなう。本の表紙とは、その中身を匂わせるだけというのが鉄則だが、『ディスタンス・インビトウィーン』(Distance Inbetween)を飾るモノクロの表紙は、一目見るだけで中にあるものについて百聞を語る。不穏な空虚の上を白と黒の鳥が無限の円を描き、知られざる時空間を訪れた特殊能力を持つ探検家たちとしてメンバーが写る。


アルバムのオープニングを飾るのは突き進むビートとギターのフレーズがループする中、通してシンセによるストリングスが使われている「コネクター」(Connector)。スケリーのヴォーカルはまるで説教壇から発しているかのような効果で、自らと会衆に自分の行動に起因する結果は受け入れよと呼びかける。「チェイシング・ザ・テイル・オブ・ア・ドリーム」(Chasing The Tail Of A Dream)は4分近くにおよぶ脈打つビートの音風景に仕上がったリヴァーブたっぷりの荒っぽいギターとキーボードに、たまらなく魅力的な夢の前に悩める人間の弱さを問う歌詞が伴う。

アルバムのタイトル曲でもある「ディスタンス・インビトウィーン」(Distance Inbetween)は独特な世界観でヴォーカルをメインに、寄り添うニック・パワーのピアノと比較的シンプルな仕上がりだ。歌詞の内容は愛について、また恋に臆病になり自分の周りに作ってしまいがちな壁について、心をさらけ出して歌っている。この思慮深いセレナーデは叫びあげる曲で見せる鉄の喉から発される雄叫びの骨頂とは対照的で印象深く、シナトラの控えめでモダン・クラシックな手法やニック・ケイヴの影のある奥深さを思わせる。「ミリオン・アイズ」(Million Eyes)は楽器にこだわり、多重ハーモニーでひたすら盛り上げるように見せかけて、突然テープが止まり、リズム奔るジャムへと転換する。自由な表現を大切な美徳とし、特にギタリストを奔放にさせる伝統にも忠実に、ポール・モウリーの指が激情的な即興ソロを叩き出している。

ジェイムズ・スケリーはセッションを思い返して話す。「ポールはイアンとサーペント・パワーで一緒にバンドをやっていたし、メンバーとも長年の友達だった。既に何曲かレコーディングは終わっていて、ポールのギターを少々追加することをイアンが提案したんだ。彼のパートは本当に曲を引きたててくれたよ。彼はどこでやり過ぎないように控えめにするといいのかをわかっていた。それからは後戻りはなかったね。フル・バンドになったし、他のアルバムに見合うくらいのものを作れる自信があった。」

「フィア・マシーン」(Fear Machine)では反逆的なスケリーが見られる。恐怖という感情を利用して支配されることを刷り込み、大衆の認識を巧みに操ることを秘めたる毒で非難する。アルバムの他の曲でも暗黙の見えない力に負けるなかれと自分を奮い立たせている。「ホーリー・レヴェレイション」(Holy Revelation)ではこれらのしかるべき仕組みへの至福の気づきを語り、断固たる抵抗をもって支配から脱却する様子をクリームやホワイト・アルバムでのビートルズに敬意を払うような転がるリズムの合間を叫ぶストリングスと脈打つギターが縫い進む。ニック・パワー作の「エンド・クレディッツ」(End Credits)が2分におよぶ優美な音風景でアルバムの幕を下ろし、ザ・コーラルとの冒険スペクタクルが終わったことを知らせてくれる。


『ディスタンス・インビトウィーン』(Distance Inbetween)はリヴァプールのParr Street Studio/パー・ストリート・スタジオでレコーディングされ、共同プロデューサーとして迎えたリチャード・ターヴィー(Richard Turvey)はこれからもとても楽しみなフレッシュで勢いのある巧みなスタジオ技術の持ち主で、ザ・コーラルにとって挑戦心旺盛で頼りになるパートナーとなった。その他のサウンドはマージー川沿いの某所にあるコーラル・ケイヴス(Coral Caves)で制作され、アルフィー・スケリー(Alfie Skelly)が「シー・ランズ・ザ・リヴァー」(She Runs The River)で弓琴の音色を加えている。このアルバムは、バンドの初期に恩師であり英デルタソニック(Deltasonic)のレーベル・ヘッド、2014年のレコーディングの数か月前に死去したアラン・ウィルズ(Alan Wills)に捧げられている。


ディスコグラフィ
『ザ・コーラル』(『The Coral』 / 2002年 / 海外Deltasonic / UKアルバム・チャート5位)
『マジック&メディスン』(『Magic and Medicine』 / 2003年/ 海外Deltasonic / UKアルバム・チャート1位)、
『ナイトフリーク・アンド・ザ・サンズ・オブ・ベッカー』 (『Nightfreak and the Sons of Becker』 / 2004年/ 海外Deltasonic / UKアルバム・チャート5位)※ミニ・アルバム
『インヴィジブル・インヴェイジョン』(『The Invisible Invasion』 / 2005年/海外Deltasonic / UKアルバム・チャート3位)
『ルーツ&エコーズ』(『Roots & Echoes』 / 2007年 / 海外 Deltasonic / UKアルバム・チャート8位)
『シングル・コレクション』(『Single Collection』 / 2008年 / 海外Deltasonic)※シングル、レア・トラックス集
『バタフライ・ハウス』(『Butterfly House』 / 2010年 / 海外Deltasonic)
『ザ・カース・オブ・ラヴ』(『The Curse of Love』 / 2014年 / 海外 Skelton Key Records)
『ディスタンス・インビトウィーン』(『Distance Inbetween』 / 2016年 / 海外 Ignition Records)